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![]() 実は いつのまにかぼくのこころの中からいなくなった モモを捜しにきたんだ かの女が地球星のどこにいるかなんて まったくわかんなかったけど サンタフェ近くのタオスの山々から だだっぴろいメサを見渡してると もうモモはゼッタイこの平らな大陸のどこかにいるって カクシンしたわけさ ![]() まぁそのプエブロ族のむかしの聖地では 生きものという生きものが種族を超えて夜ごと話しあってる感じがしたね それどころか 自然と呼ばれる 山や川や谷・森・風・空気・水・太陽や月までもが いつも ほかのだれかと話そうとしてる そのむかし あるいは何万光年も離れた宇宙のあちこちの星から いろんなものが飛んできて この星に降りたってから それぞれのことばを越えてコミュニケーションをとれる場所が ここだったんだ テントのなかにいてもうるさいぐらいのいろんな声が聴こえてくる でももちろんだれも「うるさい」なんて叫ばずにおたがいの声に聴き耳を立ててる そういった いわば異星生物同士(生物以外も含めて)のような会話に モモが一枚加われば 一気にまとまってしまうだろうな と思ったわけさ かって地球星と月が交わり はじめて双子星の家族となったころには きっとこんな場所がほかにもたくさんあったんだろうな ![]() モモは犬や猫にも、コオロギやヒキガエルにも、いやそればかりか雨や、木々にざわめく風にまで、耳をかたむけました。するとどんなものでも、それぞれのことばでモモに話しかけてくるのです。友達がみんなうちに帰ってしまった晩、モモはよくひとりで長いあいだ、古い劇場の大きな石のすりばちの中にすわっていることがあります。頭の中は星をちりばめた空の丸天井です。こうしてモモは荘厳な静けさにひたすら聞きいるのです。 こうしてすわっていると、まるで星の世界の声を聞こうとしている大きな耳たぶの底にいるようです。そしてひそやかな、けれども壮大な、えもいわれずこころにしみいる音楽が聞こえてくるように思えるのです。そういう夜には、モモはかならずとてもうつくしい夢を見ました。さあこれでもやっぱり、ひとに耳をかたむけるなんてたいしたことではないと思うひとがいますか? そういうひとは、モモのようにできるかどうか、いちどためしてみることですね。(ミヒャエル・エンデ「モモ」 大島かおり訳 岩波書店 p-29 めずらしい性質とめずらしくもないけんか) ![]() 一日何万人というひとたちと肩すりあって生きていると かれら人間ひとりひとりを土手カボチャだと思わないと生きていけない思いにかられる ところがアパートに帰って、大きな耳たぶのようなソファーに寝そべり くすんだ星空を見上げていると 今日すれちがったひとりひとりが 星々のひとつづつように崇高なひとに思えてくる 交差点でぶつかり、その瞬間いがみ合ったおじさんからも 実にすばらしいエネルギーをもらっていたことに気がつくんだよ ![]() ぼくがはじめて ぼくの心のモモにあったのは そのころまだボンベイと呼ばれていた西インドの大都会だった インドではじめての夜 ホテル代をぼったくられそうになって 深夜の混沌の街に飛び出したぼくとベッポに ついてきたかわいい女の子ってわけさ 結局3人は 翌朝までボンベイの路上を徘徊するはめになり ゆえにその一晩で 怪物や魑魅魍魎 その他インドのなに者が来ようとも 怖くなくなっちゃった 「アタシにはアイヌの血が流れてるんだよ」と少し自慢げにいいながら モモは屋台うらで買った 正露丸みたいなボンベイ・ブラックを 短い指でこねて チロムに詰める 北海道には麻の大草原があってね 金魚さん 一度ご招待したいなぁ ぼくのアタマのなかでは モモのことばから ローマ郊外のコロシアムの廃墟と 北海道の麻の大草原と いまいるインドの大都会の映像が スライドショーになり とてもいそがしい でもそんないそがしい感覚のなかで そのときのほんとに多彩な地球星 各地に点在した多彩な聖地に住んでることが ほんとうに幸せだと実感できたんだ ![]() 格差を全然カクサないことが人びとの意識からその問題をカクサんさせてしまっている ゲート・オブ・インディアのそばの超豪華ホテルにたむろするハリジャンたち 節分恵のようにかれらに大量のコインをまき散らすヨーロッパからの貴婦人ばばぁ かの女が天たかくパイサ・コインを撒くたびに、まわりの数百人から喚声があがるんだ オニィ ワァ ソトゥ ! 実に嫌な、差別のかたまりのような漢字の羅列「不可触賎民」 英語ではアンタッチャブルという 触れることのできないほどの差別 人間以下とか 動物以下とかの感情にも入れてもらえない それはわが人生で それほどの激しい差別曼荼羅を観た最初だった ![]() ヒンドゥーの輪廻転生は この世にいちどハリジャンとして生まれた者は 永遠にハリジャンにしか生まれ変われないという ひどく不公平なものだ その教義はここに生きるかれらを より深い絶望のなかに囲い込む新たな差別となる 現世でのカースト制は崩壊したというが おカネでの差別−この極端な資本主義的転生は いましばらくつづく 地獄の沙汰もカネ次第 ぼくら三人は かれらの生活にできるだけ近づこうと試みたが かれらにとっては 触れることさえできない観察者の立場を強調したにすぎない Read More つづきを読む ![]() ドナルド・キーン先生が昨年9月初旬、永住のために日本に旅立たれて、もはや4ヵ月がたった。混乱の2011年が暮れ、新しい年がはじまった。もともとNYCには年のうち半分ほどしか住んでおられず、ほんのときたまなにかのイヴェントの際に顔を会わせる程度でほとんどお逢いできる状況ではなかったのだが、僕にとってはなぜかNYCがからっぽになってしまった感がある。キーン先生とともにこの地での「日本学」が消えてしまうような被害妄想に襲われる。かわりに日本が、と言ってはNYCに住む者の僻みのように受け取られるが、日本各地のメディアは先生が全国を飛び回ってご活躍されていることを伝えている。 ![]() 11月、瀬戸内寂聴氏とキーン先生の中尊寺対談が「東北はよみがえる」という大見出しで読売新聞に掲載された。以下抜粋。 —— キーンさんが大震災後に帰化を表明され、日本人は大変感激しました。キーン:意識的に勇気を与えようとしたのではありません。第二次大戦末期、詩人の高見順は上野駅で静かに順番を待つ人々を見て、私はこの人たちと一緒に生きたい、一緒に死にたい、と日記に書いた。私も大震災で、同じ気持ちになりました。家族を失い家を流されても、じっと耐え忍ぶ東北の人々の姿を見て、日本人になりたいと思ったのです。黒い津波が押し寄せる映像を何度も見ながら、松島は、中尊寺はどうなっただろうと眠れなかった。私のこころはすでに日本人です。 瀬戸内:(中略)この世は諸行無常だという日本人の諦念は、数知れない天災からもたらされたでしょう。でも、無常は常ならず。万物は生々流転。常に流れて動くから、どん底は続かない。どうか絶望しないでください、と激励するんです。 キーン:あらゆるものは移り変わる……。それを一種の美学とするのは日本だけです。今あるものを守る、捨てる、あきらめる。古いものと新しいもの、はかなさと永遠。矛盾するものを全部抱えるから、日本文化は豊かになりました。 昨年9月、キーン先生が旅立たれる数日前に連絡があり、「金魚さんのブログのタイトルの英語と日本語に、意味の違いがあります」。あわててその箇所を見たら、だれが見てもまちがいのないはっきりしたまちがいであった。Oh No!「洪水からの目醒め」のタイトルの横に「Wake of the Flood」の英文字が貼ってある。いうまでもないがこのときの「Wake」は、「目醒める」とか「活気づく、 生き返る、よみがえる」という動詞ではなく 「通った道・跡」という意味の名詞。この場合「Wake of the Flood」は「洪水の爪痕」という意味のイディオムである。いうまでもないのになぜまちがえたのか。電話口での瞬間赤面症とともに、高校の授業で習った記憶が明快によみがえった。 弁解にもならないが、このシリーズ・タイトルをはじめて付けたとき、東北の海岸はまさに瓦礫と化し、原発から放射能が溢れ、目を覆う悲惨な状況で、こちらの精神も泥水にまみれていた。そんなとき生涯の音楽の友、グレートフル・デッドのポジティヴな曲の詰まったアルバム「Wake of the Flood」を聴いていて、この悲惨な災害のあとに日本は必ず明るく目醒める、輝く未来がある、という宣言をしないではいられなかったわけだ。その瞬間閃いた「Wake」はもうだれがなんと言おうが「目醒め」という意味しか思い浮かばなかった、というわけだ。創世記のなか、ノアの一族が体験した洪水からの目醒めの一節も、思い込みの原因になっている。日本語のタイトルからイメージした英語のイディオムだから、それだけを削除すればいいのだが、わざわざここで恥の上塗りをしたのは、脱原発の問題を含めて、現在もほとんど信念のように、その列島に対して「洪水(津波)からの目醒め」さらにこの地球星が、脱原発、核廃絶、戦争放棄の「高次元の意識集合体」となることを切望している自分がいるからだ。 この自分の大失敗を早々に棚に上げてしまい、キーン先生が、ほんのときどきではあろうが、このブログに目を通していただいているという事実に、ほとんど舞い上がる思いでもあったことを告白する。日本に出発される前日に「いってらっしゃいコール」をしたら、例によって子供のように目を輝かせて(スカイプではないのでお顔を見たわけではないが、そう感じた)まるではじめて日本に行く少年のようにはしゃいだ口ぶりであった。この方と話をするたびにどんどん若返られている感覚があり、ある日アパートに訪ねて行くと、ゆりかごのなかのキーン先生と対面するのではないかと思ってしまう。あるいは、いま生まれたばかりのようなキーン先生が日本に永住されることは「列島の目醒め」に大きく繋がっていく気がしてならない。 日本語を話すことがたまらなく楽しい、という前提で会話がはじまるから、おたがいの言葉が弾むように、踊るように、中空を飛び交う。一度か二度しかなかった先生との会話を思い出して、その世間話のひと言づつがふしぎな芸術性を帯びて心にとどまっていることに今さらながらに驚いている。司馬遼太郎は「ニューヨーク散歩」の中でこう述懐する。「キーンさんのものごとをとらえる基本的な感覚は「悲しみ」というものだと私は理解している。むろんここでいう悲しみは悲劇性というものではなく、人間はなぜ生まれてきて、なぜけなげに、あるいは儚く生きるのかという人間存在の根源そのものについての感応のことである。その感応は、芸術のみがあつかう。」 なるほど、たとえばひとの生活習性のようなことを話していても、そのことが象徴された芸術に包まれた時間になり、濃厚に流れていく。こちらの俗な質問の答が、まるで能舞台を司る者からのメッセージのように深みを持って返ってくる。いつのまにかふたりの中空にアートが現出している。 僕が30年まえにこの大陸に足を踏み入れたときは、現代を象徴する巨大文明にあこがれ、同時に激しく卑しんだ部分をもちながらであった。その大国の重圧にほとんど乗っ取られかかっている日本列島に嫌気がさし、さまざまな感情を抱え込んでの渡米だった。あこがれの部分では、モダンアートやジャズ・ロックといったいわば昇華されたアメリカ文化(アタマの中で勝手に昇華させていただけで、どれもがいまだに混乱のただ中だからおもしろいのだ、ともいえる)を空気の中に追いかけ、その実体のない宙空を自分の手元に引き寄せようと、あがいていたような気がする。そこ=アメリカには、日本やヨーロッパ諸国のように歴史に繋がったひとかたまりの「文化」などというものはなく、世界中から僕のようにあこがれ、あるいは憎しみながら押し寄せた、移民たちの文化を寄せ集めた集積としての「巨大文明」がそびえ立っているだけだった。Read More つづきを読む ![]() 何から何までつくりもの でも私を信じてくれたなら すべてが本物になる It's a Barnum and Bailey world, Just as phony as it can be, But it wouldn't be make-believe If you believed in me. "It's Only a Paper Moon" (E.Y. Harburg & Harold Arlen 村上春樹・訳) — 「1Q84」BOOK 1・扉 新潮社 ![]() 年のはじまりから 中東でツイッター革命がたてつづけに起こり 3月の大地震・大津波 原発が放射能をまき散らす そしてきちがい沙汰の不景気 いつのまにか 月がふたつある世界に移動してしまったことに やっとみんなが気づきはじめた 青豆と天吾という恋人たちにつづいて 99%ものひとびとが気づきはじめた それまで「のほほん」としていたアメリカの多数派も気づきはじめた ![]() 多数派はふつう「のほほん」としている、と司馬遼太郎は「ニューヨーク散歩」の中で語りはじめる。アメリカで少数派のユダヤの血をひくノーマン・メイラーは、「少数派は共和政体の芸術的根幹である」といった。同時にメイラーは、ユダヤ人ほど自分を、厳密には自分の精神を日夜敵意をこめて見つめ、分析するひとびとはいない、ともいう。芸術は、この塩分からうまれる。(朝日文庫 p-35) ![]() ブルックリン橋をわたる抗議者たちが 99%と刻印された小さな紙のような月を観たとき その場の全員があらためて感じた 99%はもちろん多数派ではあるのだが やはり少々塩分が足りんのじゃないか もともと多数派のアメリカ料理に 塩分以外の調味がされていないことも理由がある まあ集まった人びとを眺めなおせば 千差万別の顔つきでそれぞれがまったくもって少数派の代表選手のようであり それらをおおざっぱにまとめて多数派と呼ぶのは乱暴とも感じる ![]() 日本の多数派といえば あんなにひどい目にあわされているのに 「のほほん」度は以前にも増して上がっているようだ 「忙しくて考える暇なんてないのよ!」が言い訳だが なんのことはない 時間泥棒にすべてを捧げた上で自分の意識を放り投げている怠慢である ときあたかも 村上春樹「1Q84」英語版はアメリカの本屋に山積みされ 分厚い本が飛ぶように売れつづける ![]() 人びとの意識が宇宙を変える そんなあたりまえのことが 科学的でないという理由で遠ざけられていた 思えば「科学的でないという理由で」いろんなものがずいぶんながいこと隠蔽されたままだ 核廃棄物とおんなじで 十万年も隠し徹せるわきゃないだろ ![]() 人びとの意識が宇宙を変えたとたん 科学教という宗教のインチキ性が暴露される ゆえに崖っぷちに立った科学教徒は 科学以外をすべて珍奇な宗教なのだと揶揄し その相手の「非科学性」を追求することに専念する 異教徒を排除する儀式 Read More つづきを読む ![]() ニューヨーク近代美術館 MoMAの常設階で、この2点がとなりあわせに展示されたのは、確かことしの東日本大震災、3-11の直後ではなかったか。もはや9ヵ月になろうとする。オルテンバーグのジャイアント・ソフト扇風機については、デンキというものの狂気について、酷暑の七月に、扇風機すらもない倉庫で暑さに倒れた親族の訃報とともに浮遊的無計画性散文詩歌として詠った。 いまとなっては、まさに原子力までを使って貪り喰う、われわれ人類のエネルギーに対する飽食欲望を、決定的に象徴する名作であると感じる。完全にメルトダウンしてしまった巨大扇風機は、コンセントも外されて、いまやそよ風すらも起こしようがない。 そのすぐ風下の位置の壁に張られたリキテンシュタインの作品には、津波の洪水に溺れそうな美女が涙ぐんでいる。"I don't care! I'd rather sink than call Brad for help!"「気にしないわ! ブラッドを呼んで助けられるより、溺れて沈んだ方がマシよ!」とカゲキに宣うかの女。 吹き出しのなかの「ブラッド」というのはかの女が冷たくされたモトカレの名だと想像するが、Bradにはさっぱくぎ、 無頭くぎ、坊主くぎ、クリップなどという意味もある。たとえこのまま溺れ沈もうとも、坊主くぎなど無用のものに頼り、ワラをもつかむ思いで助かろうなどと思うものか、という個人主義大国の気丈な女性像がうかがえる。かの女はとなりの巨大扇風機に向かって叫んでいるのである。 そのメルトダウンしたソフト扇風機といえば、いまや蚊を吹き飛ばすほどの風をも起こせるわけなどないのだが、私どもはとなりの美女にやさしいそよ風を送りつづけているのですよ、というふりをしているようにも見える。ダマされたらいかんぞナ! この扇風機の所有者である日本国と東京電力は、壊れた巨大扇風機から大量に放出される放射能で遅延的無差別大量殺人をつづけている。除染も囲い込みも子どもたちの疎開も、なんにも積極的に行なわれいまま、無能無策、意味不明な戯れ言を吐きつづけ、ほかの原発の稼働と新規原発の輸出だけを承認する。70年前の歴史をまったくなぞってくり返している。こんなケッタイな国、世界中にあるか! 放射能からの避難旅行でも、年始旅行でもなんでもいいから、少しのあいだ日本を離れてみてください。 少し離れて客観的に観ると、騙しつづける国家と、騙されつづける国民像が、はっきりと観えてきますぜ。このMoMAの広い空間のなかでのオルテンバーグとリキテンシュタインの作品のように、絶妙な組み合わせとしてね。 今日の近代美術批評ショート講座はこれだけ。 数日後に「洪水からの目醒め」続編をアップする予定です。 "Human Error" by Frying Dutchman ![]() 結成9年目に突入したFrying Dutchman。 インド、イスラエル、ヨーロピアンツアーを経てメンバーの移り変わりや様々なファンタジーを巻き起こし 新たなメンバーを迎えて、嘘をテーマにしたファーストシングル! 末期的に腐敗しているシステムに飲み込まれている世の中に向けて怒りと愛を込めてのメッセージソング「Human Error」!! More Lyricsを読みながら聴こうぜ! ![]() NYC市警による強制排除から半日がたった11月15日夕、リバティ・スクエア(ズコッティー広場)の様子を見に行った。広場のテント村は完全に撤去され、信じられないほどの数の警官隊に包囲されていた。連想としては、17世紀にはじめてこの街の南にヨーロッパ人が入植したとき、北からのインディアンの襲撃(実際にそんなものはなかったのだが)に備えて高い柵を張り巡らせ、それがウォール(塀)ストリートと呼ばれた語源の時代を彷彿とさせる。当時の柵のまわりには、膨大な数の騎兵隊の前身が囲み、少数の白人入植者たちを守ったという。このエリアはむかしから「差別の砦」だったわけだ。 傷心の面持ちで広場に近づくと、意外にも新たなる奇跡が起こっていることを感じはじめた。抗議者たちの気勢はまったく削がれていない。完全にフェンスで囲まれた広場だが、一カ所からだけ出入りが自由とされていた。さらに巨大な柵のような数十人の警官の検閲を受けさえすれば、広場のなかに入ることができる。なかでプラカードをもって歩くことはOK。隊列を組みデモで騒いだりドラミングや音楽はフェンスの外、ひとであふれかえった狭い道路でしかできない。それでも外と内が強調しあい盛り上がる。 ガス抜きの意味もあるのだろうが、市民たちを広場の中で自由に泳がせている。檻の中の鳥か金魚のようで違和感は大きいのだが、まわりにいるデモ隊の気勢に押されて、エネルギーがわいてくる。そのまた外には多数の警官隊。異様ではあるが、ふしぎな安定感のなかで悠々散歩している風情である。権力にやられてしまったという焦燥感を押し殺し、アメリカ人にはめずらしく感じる「忍耐」という概念をみんなが噛みしめているようにも思える。いちばん外側を囲んでいる警官以外の全員が仲間だ。数日前までのデモでは、警官に向かって「あんたも99%の仲間なんだから、こっちへ来い」という呼びかけをしていたが、さすがにそれを言うひとはもういない。あちこちでデモ隊とのにらみ合いがあり、緊迫する。 NYC株式会社ブルームバーグ社長の指示による弾圧で、ニューヨーカーの冷たい怒りに火がついた。むろんその背後には大統領、政府に代表される1%の意志が明快に観えている。が、真冬に向かうこの時期の弾圧は、人びとの心の中にかえって大きな意識改革を定着させてしまった感がある。テントも、寝袋も、自転車発電機も、OWS図書館の数千冊の本もすべてを捨てられてしまった。おまけに広場からも追い出されてしまったが、それぐらいでながいあいだ我慢してきた堅牢な抵抗意識が揺らぐことなどあり得ない。地方から来ている若者には、この町に住む者が最大限に助ける。いままでことあるごとに感じていたニューヨーカー仲間の強い意志を、これほど頼もしいと思ったことはない。 TVニュースやさまざまなメディアで、このNYCダウンタウンでなにが起こっているか、地球の裏まで瞬時に知らせようとするが、この広場の空気はほとんど伝わっていない。多数の人の心に芽生えた変革の芽はここでしか感じられない。このグローバリズムのマスコミによる発信が、政府、市警と根本的におなじ1%側のインチキ人間で固められているからだ。いわく「衛生状態や治安の悪化のため、強硬姿勢は仕方がない」「いわれのない漠然した不満を社会にぶつけるな」「OWSはもうおしまいだ」。ただ人びとの内面=心のなかのことは、電波以上に早く、この星に住むすべてに伝わる。1%の側の濾過をうけない、ツイッターやFaceBookという新しい武器がそれを加速する。共通の根底部分をもち、共通の問題ををかかえた人びとに、瞬時に伝播する。日本の人びとがかかえている大きな問題 — 脱原発も、脱TPPも、根底で脱資本主義、脱新自由主義という大きな筋道にマージされていく。問題を複雑多岐に拡散しようとしているのは、あきらかに1%の側なのである。 上述の「ウォール街」の語源を調べなおすために古い数冊を紐解いたが、久しぶりに司馬遼太郎「アメリカ素描」も開いてみた。ウォール街の語源に関しては「放牧している家畜が南端の居住区にしばしば迷い込んできたので丸木の塀(wall)をつくった」とさらりと書かれているだけだが、この界隈に関する四半世紀前の興味深い話を見つけた。金融の専門家に「ウォール街参加者のほとんどは、先物売買の「投機家」であり、かれらは決してソンをしないシステムを専門家に作ってもらい、コンピューターで運用している」という話を聞いたあとの文章。 投機。むろん投資ではない。三者(銀行・証券会社・保険会社)とも投機をするためにこそウォール街にオフィスを置いているのである。バクチでありつつもソンをしないシステムを開発しては、それへカネを賭け、カネによってカネを生む。(アメリカは大丈夫だろうか)という不安を持った。 資本主義というのは、モノを作ってそれをカネにするための制度であるのに、農業と高度技術産業は別として、モノをしだいに作らなくなっているアメリカが、カネという数理化されたものだけで(いまは「だけ」とはいえないが)将来それだけで儲けてゆくことになると、どうなるのだろう。亡びるのではないか、という不安がつきまとった。(司馬遼太郎「アメリカ素描」新潮文庫 p377) くり返すが、この文章は司馬氏の最初の渡米時、いまから四半世紀前の80年代に書かれたものである。当時僕はアメリカと同根の病症が出はじめた日本を脱出し、西海岸ベイエリアに住んでいたが、アタマの上を飛びこえて日本の泡立つマネーがニューヨーク方向に進撃しはじめていた。村上春樹「1Q84」で青豆と天吾が月がふたつある、もうひとつの世界に紛れ込んだという時代である。アメリカも、戦後マネをしつづけてきた日本も、そのなかの1%の異様な意志が、経済だけでなくこの星の行く末を異様な方向にひん曲げてしまったのだ。司馬氏のウォール街に対しての単純な疑問は、現在にいたって実に明快に具現化しつつある。アメリカはこの不況を日本のバブル崩壊の後になぞらえ、出口がないなどとほざいているが、問題の本質は、歴史のずいぶん以前に自らが創作したもののしわ寄せなのである。 さて、テント村の強制排除から2日がたった11月17日(木)、Occupy Wall Street がはじまってちょうど2ヵ月目の日に、大規模な抗議行動があった。今回の市警の弾圧は、この日ウォール街を占拠する直接行動に出ることに対抗したものだった。朝7時、数百人がつめかけ、ウォール街のサラリーマンが出勤するまえから、サブウエイの駅とブロードウエイを占拠した。ウォール街は広場以前から継続的に警官隊がブロックしつづけていて入ることはできないが、ひとの流れを充分に混乱させることができた。ただこの計画の直前にあった市警の広場強制排除の影響で、この朝のデモ参加人数が激減したことは否めない。Read More つづきを読む ![]() ひと雨ごとに凍りつくような北風が全身を襲いはじめ、秋というよりあの毎年やってくる恐ろしいジャイアント冬将軍が巨大な自軍の陣を敷きはじめた。10月最後の週末は大吹雪。寒さに耐えかねた「ウォール街占拠」抗議者たちの何割かは、ホームレス用のシェルターに一時避難。ズコッティー広場に残り、占拠している若者たちにも、さらに厳しい環境が襲いはじめる。カリフォルニア州オークランドのデモ隊に、警察がスプレーではなく催涙弾を使い、重傷者がでた。その後、ニューヨークを含めた世界各地でデモ隊と警官隊との過激な闘争がエスカレートしている。 その土曜の猛吹雪が去ったあとも「ウォール街占拠」広場のテント村は健在だった。数日前、市消防局に石油の使用が危険だとして発電機を持ち去られてしまったあと、11台の固定自転車による 人間発電機(YouTube)で四六時中だれかが充電しはじめた。スポーツ・ジムでのエクササイズが無料でできるわけだから、若い女性も励んで発電機に化身している。エンジン(人力)の音が静かでこの運動の理念に似合っている。暖房は無理だが、ラップトップ・ケータイ・テントのランプなどの電源が賄なえる。 「抗議者たちは遊んでるんじゃないか?」という声をよそに、TV局がこれを取り上げ、宣伝効果は抜群。寒さと厳しい状況を笑い飛ばしながら進撃するアメリカ人のユーモアと原始的プラグマティズムに乾杯!「幸福論」を書いたフランスの哲学者アランは「寒さに抵抗する方法はただひとつ、寒さに満足することだ」と言ったという。ばかばかしいと一笑に付さないで、アメリカ人のポジティヴ思考が次の妙手を生み出すやも知れないと考える。暖かいフリー・フードに群がってくる「ホンモノ」のホームレスにもむろん分けへだてはない。かれらこそ99%のうち、抗議の先頭にたつべき人びとなのだから。市民からコートや衣料、日常生活品がとどく。「なにか欲しいモノがないか」という婦人の声に、「赤ちゃんのダイパーを」とメンバーが叫ぶ。子づれで地方から抗議に来た母親がいるのだ。残虐な新自由主義に虐げられた人びとの間に、他のことを考え、お互いを助けあう工夫があふれている。あの巨大な利己資本主義に抵抗しているのだからあたりまえのことなのだが、人種を超えて他を助けあうすがたに人間的なるものの根源を観て感動する。 ここにいる全員が、世界に冠たるアメリカの「格差社会」を抗議しているのだが、あいかわらずその主張は多岐にわたっている。戦争反対、地球の環境を破壊するな、原発反対、極端な市場原理主義に反対、ショック・ドクトリンを敷くな。それはこの国で、この地球で、半世紀以上もまえからはじまった反体制運動の主張と酷似している。それは今ここに歴然と存在し、しかし近くにいては全貌のまったくつかめない「国家」というものへの大いなる疑問符が、波動として全世界に伝播し、やっとこさ動きはじめたということである。 前稿のつづき、晩年のカート・ヴォネガットも最後の著書で、渾身の力を込めて叫びつづけた。かつては、わたしもずいぶん無邪気だった。われわれのアメリカは人間的で理性的な国になれる、そうわれわれの世代の多くが夢見ていた。われわれは大不況のときもそんなアメリカを夢見ていた。仕事もないというのに、そんな夢を見ていた。その後、第二次大戦のときも、そんな夢を見ながら戦って、多くが死んだ。平和もないというのに、そんな夢を見ていた。 しかしいま、わたしにはわかっている。アメリカが人間的で理性的な国になれる可能性はまったくない。なぜなら権力がわれわれを堕落させているからだ。絶対的な権力が絶対的にわれわれを堕落させているからだ。人間というのは、権力という酒で狂ってしまったチンパンジーなのだ。われわれの指導者は権力に酔ったチンパンジーだ、などと言うと、中東で戦い死んでゆくアメリカの兵士たちの士気をくじくことにならないかって? かれらの士気は、死体とおなじで、すでに見るも無惨な状態にある。私の時代とは違って、いまの兵士たちは、金持ちの子どもがクリスマスにもらうおもちゃみたいに扱われているのだから。(カート・ヴォネガット「国のない男」金原瑞人訳 NHK出版) この本が出版されたのは、ブッシュの采配でアメリカの兵士たちがイラクでまさに泥にまみれていた2005年だから、イメージはよく伝わってくる。そのブッシュに変わって市民の期待を一身にになって登場したオバマ大統領が就任してからほぼ3年がすぎた。妥協と打算をつづける権力の鎧に囲まれたその風貌が、権力の奴隷に近づいていると感じるのは僕だけだろうか。権力闘争などというものから極端に離れつづけているわが人生に感謝する。 Read More つづきを読む ![]() ナオミ・クラインのチャントのYouTubeを、日本語字幕版にさし替えました。 翻訳のBeneVerba氏に感謝。 「ウォール街を占拠せよ」デモの近況報告からはじめる。10月15日(土)のデモは、ヴィレッジのワシントン・スクエア経由で数千人、タイムズ・スクエアにつくころには推定5万人に膨れ上がったとされているが、膨大な観光客も巻き込んだ数字ではないだろうか。鉄柵で迷路のように分断されたタイムズ・スクエアは、ニューイヤー・イヴのときのように全面開放にはならず、中央を奔るセヴンス・アヴェニュー にはクルマがバンバン通りっぱなしで、デモ隊は完全に二分された。通りの東西に対面したデモ隊からチャントのかけ合い合戦がはじまり、偶然ではあるがまたひとつ、クリエイティヴなアメリカ人の新しいデモの感覚に浸った。この日は「世界同時デモ」を呼びかけていたので、ピッツバーグ、LAに加えてローマやマドリード、リスボンでも大規模デモが行なわれた。東京も含めて世界82ヵ国951都市、こころ強いかぎりだ。デモ隊の中央で身動きのとれなくなった金魚は、タイムズ・スクエア対面のデモ隊頭上の電光ニュースに、Occupy Wall Street Movement Goes Worldwide と輝いてまわっているのをひたすら見つづけて、この行きすぎた資本主義の終焉のはじまりを感じている。 話をかなり戻して、10月6日(木)、前日の一万人規模の「ウォール街を占拠せよ」デモの余韻で若者たちの熱気が再燃し、1ブロック四方の狭いズコッティ広場(リバティ・プラザ)は昼間からはみ出すほど満員の盛況。 気分としてはそのまま若者と押しくらまんじゅうをつづけていたかったのだが、翌日までデモはないと聞き、友人の夕食の誘いに乗って、その場を立ち去った。その夕刻にナオミ・クラインのチャントがあると知っていれば、抜け出したりはしなかったのに、かえすがえすも残念。内容とは関係ないが、残念なことがもうひとつ。スティーヴ・ジョブス氏が亡くなる数日前から、うちのマック主力機がおかしくなり、かれと命運をおなじくするように、とうとういまちょうどこの時点でオシャカになった。グラフィック・ソフトはすべてマックに入っていたので、新しい機械を買うまでこの稿では挿絵写真が作れない。NY金魚のヴィジュアルを愛していただいている読者には、今回だけの小休止をお許しください。あまりに悲しいので古い写真を少しだけ使うことにするが、それより一番のショックは、ヴィジュアル・イメージが浮かばないと文章が書きつづけられなくなっている自分の偏狭アタマに気づいたことだ。まず漠然とした画像を思い浮かべて、それをことばにしていくシステムが、いつのまにか脳の中につくられていたというわけだ。長年つづけている商売というのは恐ろしい。が、このことをポジティヴにとらえると最終的にこの稿のテーマとどこかで関連してくるような気がしてきた。 カナダ出身のジャーナリスト、ナオミ・クラインは「ショック・ドクトリン―惨事便乗型資本主義の正体を暴く」で新自由主義とグローバリズムを痛烈に批判した。ケインズ主義に反対して徹底した自由市場主義を主張したシカゴ学派の経済学者ミルトン・フリードマンの「真の変革は、危機状況によってのみ可能となる」という理論を、クラインは「ショック・ドクトリン」と呼び、現代の最も危険な思想としている。その本の出版以前に起こった、チリのクーデター、天安門事件、ソ連崩壊、米国同時多発テロ事件、イラク戦争、アジアの津波被害、ハリケーン・カトリーナ。それら災害を巧妙に利用した惨事活用型の資本主義の台頭・勃興が、世界中に増殖している。そのように現在の新自由主義の基盤が築かれ、市場開放がよりスムースになされてきた、と指摘する。暴力的な衝撃で世の中を変えたこれらの事件の対処法自体が、国家権力と大企業が行なう国民レベルの「ショック療法」とみることができる。ここまでわかれば一目瞭然だが、ことしに入ってダントツの「ショック・ドクトリン」は、福島原発事故である。日本政府と東京電力は、加害者であるに関わらず、その責任のほとんどを国民の税金負担で賄おうとしている。文句を言えば「それじゃデンキがなくていいんだな!」というゴロツキのような脅しである。おまけに国民の生命に直結した放射能対策は、ひどく緩慢になり、まるでそんな深刻な問題などありえないといわんばかりである。決してこのまま許してはならない。同時に起きた、東日本大震災被害、津波被害、そしてことしの中東の大変動、アフガニスタン情勢もすべてこのような反動のショック療法政治に繋がっていく。 「ショック・ドクトリン」出版のあと、ナオミは「オバマ・ボーイズ」という言葉で、オバマ大統領とその経済ブレーンのことも非難している。10年間シカゴ大学法学部で教えていた経験のあるオバマは、もともとフリードマンの意思を継いだ「シカゴ学派」で、その経済政策は保守的だったというのである。3年まえ、かれを支持し大統領に押し上げた者たちは、いまこそもっとかれの保守的な経済政策を批判しつづけなければならない、と声を大きくする。ナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン/火事場泥棒」と題した数年前のインタヴュー動画・日本語字幕版がある。ここ数十年、この地球が1%以下の支配層による暴力的なショック療法でどのように動いているかを明快に語っている。 このヴィデオの6番目には(6/7)、後進国の世界的飢餓という「危機」を利用したモンサントなどによる食糧ショック・ドクトリンに言及している。日本のTPP加盟に反対の方は必見。そして、近年の悪名高い人権侵害は、とかく反民主主義的な体制によるサディスト的な残虐行為と見られがちだが、実は民衆を震え上がらせて抵抗力を奪うために綿密に計画されたものであり、急進的な市場主義改革を強行するために利用されてきたのだ、とナオミは主張する。前稿で紹介したノーベル経済学者、ジョセフ・スティグリッツの論理に似たところがあるが、かの女の方がうんと先鋭的で攻撃的な印象をもつ。 さて、「ウォール街を占拠せよ」におけるナオミ・クラインのチャントである。アンプやスピーカーを広場に持ち込むことが禁止されていたので、数百人の聴衆に向かってナオミは大声で語りはじめた。日本語訳はBeneVerba氏。 あなたを愛してます。I love you。 私は今、数百人のあなたたちに、「あなたを愛してます」と大声で返してくるように、とは言いませんでしたね。これは明らかに人間マイクロフォンのボーナス機能です。他の人たちからあなたへ言われたことを、またあなたから他の人たちへくりかえし言ってください、もっと大きな声で。 かってマイケル・ムーアが創作したことば「人間マイクロフォン」が、奇しくもまた登場した。うしろの聴衆に聴こえるように中間の人びとがこだまのようにナオミの声をくり返す。この広場のYouTubeのはじまりにはまだ声たちは騒然としているが、後半には人間マイクロフォンのこだまが数度づつきれいに響きあい、後方の集団にいまリーダーがなにを訴えているのかを明快に伝えている。 Read More つづきを読む ![]() 「ウォール街を占拠せよ」Occupy Wall Street デモがはじめて一万人規模になった10月5日(水)、3週間つづいているデモに参加した。以来日参している。リバティ通りに面したズコッティ広場(ニューヨーカーにはLiberty plaza が通じる)に、全米からの若者たちが一面に寝袋を敷き詰めて泊まり込んでいて、まるであのウッドストックの再現のようである。前のおばさんが、寝袋・衣類・フードを差し入れようかと訊くと、若者の代表がうれしそうに応対していた。ちょうどデモ隊が動き始めたので、そのまま仲間入り。平日(水曜)の午後3時なのに膨大な行列。確かに若者が多かったが、歩いているうちどんどん老若男女で膨れ上がり、おなじことを考えているひとが、こんなにいることにあらためて感動した。格差社会の筆頭国アメリカにもはや何十年も住み、ひどい格差と赤貧にあがく仲間たちをみて、なんとがまん強い国民だろうと思っていたが、やっぱりそんなわけはなかったのだ。We are the 99%! のコールをくり返していると、無限の勇気が湧いてくる。約一時間歩いてNY州最高裁前の大きな広場に着いたときは巨大人間集団に膨れ上がっていた。勤め帰りの人びとが列に飛び込んでくる姿を見て「中間層」の大きな共感を得ていることを身をもって感じた。ほぼひと月を経て日々成長し、全米運動に拡大している。 3年まえのオバマ大統領誕生にはその99%が大きな期待とともにかれを迎えた。 完全に絶望しきっていたブッシュ政権に代わって、そのときのかれの資質は最大のものだと感じさせた。 世界大恐慌と第二次大戦時の F・ルーズヴェルトとおなじく、アメリカの希望の声としてこの大統領が恐慌を克服してくれる、という期待を一身に担って登場した。ルーズヴェルトの、当時としては革新的なニューディールのアイディアは、ほとんどが憲法違反だとかの横槍が入り、失業率は下がらず、かれはフラストレーションの固まりのまま、太平洋戦争の終結を待たずに亡くなる。より悪質な状況が、いまオバマのまわりにも起きている。 オバマは 先日の演説で「国民のフラストレートを理解している」と言ったが、オバマ自身の妥協と打算による膨大なフラストレーションをより強く感じさせるだけのものだった。もはやひとりの政治家の資質ではどうすることもできないほど資本主義は膿み腐っているということだ。 ただデモの参加者の多くが、オバマの裏切りの政策を激しく非難はしているものの、共和党やティーパーティーの主張にはむろんさらに反撥している。先日、ナンシー・ペロシ下院院内総務(民主)は、「ウォール街を占拠せよ」デモについて「デモ参加者に神のご加護があるだろう。God bless them.自然発生的で、若い。効果的である。」と語った。米民主党はこの反体制運動にとりあえずの支持を表明し、その運動を変形させつつ取り込み、オバマ再選に向けて新しいブームを創ろうとしている。だがデモの主催者側は、批判されている政権政党が反省もなく支持するなどおかしい、と取り合わない。米民主党が新自由主義的な発想から大きく転換しないかぎり、われわれ99%の怒りは金輪際とまらない。運動は「真の民主主義」というスローガンで全米はおろか、世界中の99%の共感を得て地球を大きく動かしていくと信じている。 2001年のノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツ Joseph E. Stiglitz が、ズコッティ広場に集まった若者とのシュプレヒコールの映像がある。An Economics Lesson 2(Lesson 1もあり)。 かれの経済学の要旨、現在のこの国がおかれた経済状況を、若者たちがリフレインしているだけなのだが、とても感動的である。シュプレヒコールということばはドイツ語だが、ここでは英語でより宗教的な響きのある Chant ということばを使いたい。このデモに参加して、英語の韻を踏むようなリフレインに取り付かれた。デモから帰った夜は、ベッドに入ってからも Who’s Street! Our Street! Who’s Money! Our Money! と耳がワンワンして興奮して眠れなかった。もちろん日本のデモでもこういったコールをくり返して意味の把握とコミニュケーションを図るのだが、メロディーなどないはずのこれらの英語の言霊から、どこかに研ぎすまされた音楽性のようなものを感じる。このことは後の稿で述べたい。 スティグリッツは、この6月に興味深い論文を書いている。題して 「原発事故と金融危機に共通するギャンブル性」 。日本の地震がもたらした事態、とりわけ福島原子力発電所でいまなお続いている危機は、グレート・リセッションを引き起こしたアメリカの金融崩壊を見つめていた人びとに、不気味な類似点を感じさせる。どちらの出来事も、リスクについて、また市場や社会のリスク管理のまずさについて厳しい教訓を与えてくれるのだ。 Read More つづきを読む ![]() 今回のタイトルは、故寺山修司の映画評論集「地球をしばらく止めてくれ ぼくはゆっくり映画を観たい」の「エイガ」を「エガオ」に文字ったもの。 いままでも不況、戦争、災害などでドタバタしていた地球が、3-11の大震災以来、日本を中心に俄然忙しくなり、もうなんだか落ちつかないったらありゃしない。四字熟語をア行から羅列すれば、愛別離苦 哀毀骨立 悪戦苦闘 悪事千里 阿鼻叫喚 悪口雑言 悪因悪果 暗中模索 悪逆無道 暗雲低迷 阿諛追従 暗送秋波 鴉雀無声 青息吐息、アァ、こりゃきりがない、ぐるぐる回るは国民総神経症。 悪いイメージの言葉は、ネットに乗り、一瞬にして地球を巡る。速い速い、メリーゴーラウンド。放射能もたった一週間で地球全体を汚染してしまいました、と小出裕章氏(YouTube 約1時間15分)。汚染食品は等級別にし、危険な順に年寄りから食べていくしかない。放射能の影響が極端に大きい「子供」にはできるだけきれいな食品を与える。ストイックでかっこいいが、極端な格差社会による食品差別をますます大きくすることを危惧する。玄米の自己浄化作用をツイッターで説いたら、敬愛する反原発論者に「あなたはきれいな有機カリフォルニア米が食べられるけど、日本ではすべてが汚染されてんですぅ!」と八つあたりされた。 明らかにそれまでの論点とずれていたのだが、列島の全員がその猛毒物質のために神経症になられているようなので仕方がない。ぐっと我慢して、多少の汚染があっても、しつこく有機玄米が有効なことを説いていくつもり。 玄米はさておいて、少なくとも子供たちの学校給食と保育園の食事は、輸入米と輸入商品、国産でも汚染されていない食品に限定する法律を作るべきだ。それこそ最低限度の「子ども手当て」というものである。「手当て」とはもともと、母親がわが子の患部に手を当て、愛の力で治癒する東洋精神医学。科学では解明できない卓効治療。政治家がばらまき、おまけになにかの都合で減らしてしまうカネにそんな名前をつけてほしくない。それと、より大切なのは、汚染されていない、妊婦と乳児のための食事。いったい自分たちの国の未来を担う子供のいのちを、完全に無視しつづける政治家たちは、国をなんだと思っているのか。すべて人面獣心である。いや獣の親こそは、自分たちの子どもの世代をたいせつにするゆえに獣となる。まさに獣以下、生き物として最低の存在。映画「チェルノブイリ・ハート」を観て「重い映画だ」と鈍い感想を述べ、沈み込んでいるだけですむのか! 西洋科学の暴走で起こった原発事故を、西洋科学にしがみついて解決しようとしてもむずかしいと思うのだが、血気逸った人びとは玄米なんて所詮「民間療法」などという言葉まで飛び出し、カメのようにゆっくりとしか効果を現さない東洋風治療など、焦るこころには意に介されぬらしい。かといって西洋医学が即効性のある除染法のかけらでも発見したかというと、これがまったくの皆無。自身の広島被爆体験を原点に、被爆者治療と核廃絶運動を続けてきた「被爆医師」肥田舜太郎氏の講演。「内部被曝がもたらすもの」(YouStream 約1時間)放射線の被害に対して、いまの医学は診断の仕様もない、治療法もまったくない。放射線被害がそのものがわかるにもまだ時間がかかる、という。 いちばんたいへんなのは、まき散らされた人体への影響が超スローモーションでしか現れてこないこと。「七年後に小さな子供から…」ということばは、この世にいると思うことすらおぞましい、極悪の魔女の呪文のように、こころの奥底に重く響きつづける。 憂鬱の連携でしかないネットを見すぎて「ネットを捨てよ、町へ出よう」と考えていたとき、日本からアート・ディレクターの水谷孝次氏が、子供たちの満面の「笑顔」をプリントした傘をどっさり携えて、NYCに上陸してきた。10年まえの9-11のあと、ニューヨークの子供や若者の笑顔をプリントした傘たち、ことしの震災後、フクシマの子供たちの笑顔を撮った傘たち。題してメリー・プロジェクト Merry Project。なんとも底抜けにポジティヴではないか。9-11の前日朝8時にタイムズ・スクエアのど真ん中に集合、というのには多少ビビったが、このわが内なる憂愁を打破するには、これしかない、とばかり町に飛び出した。 水谷氏とは初対面だったが、同じ広告界に生息する異端児ということで意気投合。(「異端」の意味がずいぶん違いますが…いっしょにしちゃってごめん、水谷さん。)話をするうちに、なんと生前の寺山修司と交流されていたという。このブログを愛読いただいている方には、僕が寺山修司と偶然に近い3度の出会いがあり、数度このブログに取り上げている大ファンであることはご存知だろう。ブルックリン・ブリッジに移動のタクシーのなかで、水谷氏と若き日のデザイナー畑の話に盛り上がり、お互いが若き寺山ファンに戻って町に飛び出すエネルギーを手に入れた。なにはともあれ、このハッピーなプロジェクトに全面的に協賛してみようではないか、という思いにいたったわけである。 Read More つづきを読む
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