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NYでの北京オリンピックの開会式は、北京からの時差とおなじ12時間遅れの、東部時間8月8日午後8時にNBC・録画中継ではじまった。 オリンピックの開会式と閉会式が、このような観客の共同体験としての夢のスペクタクルになったのは、いつごろからだったろうか。 選ばれたその都市のもつアートを集積したかたちで、おおぜいの参加者とともに練りに練ったアート・サーカスがあふれだす。シルク・ドゥ・ソレイユのセンシビリティーのよさをうんと拡大したようなさまざまな表現が、過去のオリンピックでもつづいていた。スポーツを観戦することは好きだが、自分の運動能力にからっきし自信のない1アーティストとしては、必然としてこれらの響宴イヴェントを執拗に逐うことになる。とくに今回の北京は、われわれの文化的なルーツとしての近親感とともに、いつのまにか生まれ変わっていた中国という国を驚異をもって見なおすこととなった。 総合ディレクター:映画監督の張芸謀(チャン・イーモウ) ヴィジュアル・ディレクター:現代美術家の蔡國強(サイ・グォチャン) 開会式コスチュームデザイナー:やはりNYC在住の石岡瑛子 アシスタントディレクター:振付師の張紹鋼と陳維亜 これ以上のデータが手に入らなかったのだが、この5人に限ってみてもすでにコラボレーションが最高の状態でできている感じがする。 とくに蔡國強と日中関係については1カ月にわたって長編エッセイ「座禅と火薬」 を書きつづけたので、僕の思い入れも激しく、かれがどの部分でどのようにかかわったのかが手に取るように理解できる。かなりの部分、蔡國強のすばらしく斬新なアイディアが優先されていると感じるのは僕だけだろうか。 張芸謀監督の映画は映像的に実に美しいものが多いが、僕の観たものは若き日の鞏俐が主演の、中国の歴史を陰性過多に捉えたものが多かった。「英雄」を含めた代表作を観ていないのでなんとも評価のしようがないのだが、最近作では極端にイメージが変わったという評も多い。いずれにせよこのセレモニーから判断して、すばらしい演出家だと思う。 蔡國強の作品も深い伝統のコンセプトにのっとっているが、いつも陽性で、その上に超近代的な表現を施す。おまけに社会彫刻の稿でも述べたが、蔡はアーティストにはめずらしく仕事を進行する他者との協調性がすばらしい。協調しながら結局自分のアイディアをすべて通してしまうしたたかさもある。今回のイヴェントはこのふたりの関係が見事に実を結んだともいえるのではないか。石岡瑛子氏の衣装デザインもこのふたりの発想と近寄らず、反発せず、独自の世界を醸し出してすばらしかった。 ゴビ砂漠やいわき市の海上に奔った火薬の炎とおなじように、冒頭のバード・ネスト・スタジアムに火薬の龍が奔り多数の花火が炸裂するシーンは、いわば蔡國強のおはこだが、そのすぐあと2008人の男が中国古代の打楽器『ほとぎ(缶)』を打つパフォーマンスも蔡國強のコンセプトと演出が強く光っていると考えられる。保守派の都知事も絶賛されたようだが、晋のむかしから「鼓」の響きは進軍の、鐘の音は撤退の知らせであるから納得がいく。このイヴェントの場合は2008人の缶奏者に先導された、13億の民の平和の祭典にむけての進軍ということになる。 もちろんこれだけのイヴェントは張監督の指揮のもと、多数の人材のコラボレーションではじめて生まれたものである。蔡國強ひとりを特出させるつもりはない。 スタジアム側面には、孔子のことば「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」。 文化大革命のころは毛主席にあれほど嫌われていた儒教が、いつのまにか世界にいちばん近く、わかりやすいメッセージとして復活している。実によいことばである。 読者の方から次のようなコメントをいただいた。「開会式のカウントダウンのあと、この孔子の言葉になぞらえて、人間の足跡をかたどった花火が遠くから鳥の巣上空までやってくる演出に私は思わず涙が出そうな程、感動しました」。あわててヴィデオを巻き戻してみる。なるほど北京の旧市街からスタジアムにむかって「のっしのっし」ではなく「スイスイ」と花火でできた巨大な足跡が近づいてくる。やがてそれがスタジアム全体を包む大きな花火となり、その火花の数滴が水滴のように会場中央に落ち、大きな五輪のマークに変化していく。まさに蔡國強アートの真骨頂である。見落としていたわけではないのだが、こんなに印象的なシーンを書き忘れてしまった。ご指摘と感動のことば、ありがとうございました。 パフォーマンス中盤から後半にかけて登場する、大きな「巻物」スクリーンも蔡がむかしからこだわっているもののひとつである。むろん張芸謀監督は自分が暖めていたアイディアと語られているので、ふたりのイメージが重複していたのにちがいない。230ft x 70ftの巨大なLED(発光ダイオード)スクリーン。蔡の以前の火薬定着絵画の作品にはこれ以上の規模のものもあった。 そして中国の大航海時代を示唆する大きな櫂の整列。古代の船の大好きな蔡の故郷泉州は、1000年以上前から海のシルクロードの玄関として知られている古都である。マルコポーロも「東方見聞録」のなかで当時の世界最大級の貿易港という言及している。文化が交流し合うことで多様な価値観をもちつづけられた泉州で生まれ育ったからこそ、蔡の柔軟思考ができたともいえる。 今回のオープニング・セレモニーでもうひとつ気がついたのは、中国が押しも押されぬ世界最大の多民族国家であるということである。さまざまな文化が内部で振る舞い、競い、戦いながらなんとかひとつの国家を形成しようとしている。人口の多さや各民族間の抗争などではくらべるすべもないのだが、このもうひとつの多民族国家にいながら観察すれば、それが実に自然なことであり、そのこと自体に近親感・安定感をもつ。あるいはこのUSAに住む全員がTV画面を観ながらそんな感覚を抱いているのではないだろうか。はたして他の単一民族の国から観ればこのあたりはどんなふうに映るのだろう。 聖火のラスト走者、元体操選手の李寧氏が、スタジアムの壁面を360度飛びながらまわり最後に点火する、という実にアクロバテックな冒険演出も、決して張芸謀監督ひとりのアイディアではないような気がする。「飛び上がり、ひたすらに奔る」ということも蔡のほうのコンセプトとして頻繁に使われている。 いずれにせよ、ながい帝政や共産党政権の支配で、アーティストの個が封じられつづけていた中国で、いつのまにかながい眠りから目醒めていた巨大な獅子がおおぜいいた。 それをみて驚いたのは、いまや創造の根が半分眠ってしまいそうな資本主義国に長居したおかげで、個性のどんどん失われつつあるわれわれのほうだった、ということにはある程度の真実がある。 最後にプロバスケットボールNBAヒューストン・ロケッツで活躍している身長2m29cmの巨人・姚明(ヤオ・ミン)選手と5月の四川大地震でのサヴァイヴァー、元気な9歳のミンハオ少年の大小絶妙のコンビは、実にほのぼのとポジティヴにその国のひとびとの未来を示唆していたように思えた。NBCのインタヴュアーに対し、巨人のほうは在米期間が長いので、きれいな英語で答えていたのは当然なのだが、中国内から出たことのない9歳の少年が、きれいな発音で、Thank you! と叫んだのには驚いた。 幸運にも北京に観戦旅行のご予定のあるひとは、8月19日から北京の中国美術館ではじまる蔡國強 Cai Guo-Jiang サイ・グォチャンの回顧展 I want to believe もぜひご覧ください。 不幸にも日本の暑い8月と戦いながらTV観戦の方は、このブログの気違い沙汰超長編連載「座禅と火薬— 蔡國強展」で、いまや陳列の終わってしまったNYグッゲンハイム美術館にいるつもりになり、飛ばし読み体験するというのはいかがでしょう。
by nyckingyo
| 2008-08-10 07:57
| 北京オリンピック
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